畑育児、台所育児、歌声育児の子育て 軌跡12

輝美が「ねっこの会」と言う子育ての集まりに出かけています。妊婦・出産(その後も)の時にお世話になった助産婦さんの松葉さんと言う方のところでその会のことを知り、仲間に入れて頂き、今年の4月からは「今度役員をやるんだ」とか言って、張り切ってやっています。

それでねっこの会の会報が時々発行されているようなのですが、父親のページと言うものがあり、私が原稿を書く羽目になりまして今朝それを提出したばかりですので、今回の農場だよりはそれを紹介させてもらおうと思います。

 

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<ふうわのこと>

 

皆さんこんにちは。三郷村の松村といいます。昨年の6月24日に長男ふうわが生まれてはやいものでもう11ヶ月。

 

あと1ヶ月と少しで1歳の誕生日がやってきます。安曇にきてからまだ2年半ぐらいの私達夫婦にとって、特に輝美にとっては初めての妊娠・出産・育児と経験してくる上で、ねっこの会のみなさんや助産婦の松葉さんたちの存在がとても大きなものだったように思います。

 

ふうわがうんちを3日もしないんだとか、鼻水がでてなかなか寝てくれないとか、熱を出したがどうしたらいいかとか、母乳にはどんな食事がいいかとか、離乳食がどうだとか、ほんとにいろんなことを教えてもらい、相談に乗ってもらい、そういうやり取りの中で、ママさん仲間が増えてきて、なんとなくこの地域に落ち着きを見せてきたような我が家の現状かなと思っています。

 

私達は三郷村の小倉と言うところで畑を借りてりんご・桃の果樹と野菜を作ることを仕事にして暮らしています。私自身は、ここへくる前は全国あちこちの牧場で仕事をしており、乳牛の人工授精や受精卵移植の技師として仕事をしていました。輝美と知り合ったのも北海道の別海町と言うところの牧場にいたときのことです。

 

結婚してしばらくして三郷の牧場で仕事があったのでこちらへ移ってきたのですが、これからの自分達家族の将来を輝美と話しあい、この地で自分達の農場をやっていこうということになり今に至ります。

 

どうしてそうなったのかと言うと自分の仕事として何を選択するかと言うとき、やっぱり農業がやりたかったということです。小さい時に読んだローラ・インガルス・ワイルダーの物語や、宮沢賢治の詩や物語が、どうしても自分の気持ちを野へ向かせ、そこを住み場所として落ち着かせようとします。

 

幼少時に読んだ本は時にその人の人生を左右することになりますね。それで、学校を出てからずっとやってきた酪農からどうして足を洗うことになったのかと言うと、だんだんと牛乳生産工場化していく(ように私は感じた)酪農現場に「これでいいのかな」という疑問がずっと自分の中にあったからかと思います。

 

と言うのは、

 

現在の乳牛は個体能力が向上し一昔の牛とは比べ物にならないぐらい高エネルギー・高蛋白の飼料を要求し高乳量を発揮しますが、それゆえ給与できるものがだんだん限定され、それらを安く入手するために、とうもろこし・大豆、牧草までが大部分を外国からの輸入に依存している状態です。

 

とうもろこしや大豆なんていうと人間の食べるものとそんなに変わらないんです。食糧危機が世界中のあちこちで深刻な問題になっている現代社会の中、「こんなことやってていいのかな」と言う気持ちがだんだん強くなってきたのでした。

 

三郷へきて、知り合いの地元の農家の方からりんごを頂いて食べたのですが、その味がまたほんとに美味しく、「こんなに美味しいものならやってみてもいいかな」と気持ちがぐらつき、そんな頃に輝美が妊娠して僕達にも子どもができ、家族としての暮らしがまた次のステップへ行くということを考えると、今しかチャンスはないかもなあとも感じ、独立しての就農準備をはじめました。

 

畑育児、台所育児、歌声育児

ふうわが生まれてしばらくして、輝美が村の図書館から本を一冊借りてきました。

 

「台所育児」というタイトルの本です。「なんかね、この本が私に、読んでー!っていってたのよ」と言うことだったらしいです。僕もピーンとくるものがあり、面白く読ませてもらいました。

 

小さい時から台所をみせ、台所に立たせて子どもを育ててみようとの意見、おおいにうなずきました。包丁も「まだ小さいんだからアブナイ」といわず、練習させて使えるようにさせてあげようとか、そういうことで身体感覚の発達や、食べものの背景を少しずつ知っていくことで現実的な世界観も育ってきますし、台所に関わることで食べる意欲が育つとのこと。食べることへの意欲が育つことは、生きる意欲が育つことだと書かれていました。

 

「ねえ、父ちゃんうちはこれで行こうよ」

 

「よし、あと、畑育児と、歌声育児も加えて、我が家の育児方針はこの3本柱で行くことに決定!」

 

と言うわけで、「畑育児、台所育児、歌声育児」がうちの子育ての基本方針であります。

 

畑育児については、僕らが農場をはじめようと考えた大きな理由の一つでもあります。子どもが育っていく環境は親が用意するしかありませんから、どんな場所でどんなことをして暮らしていくか、どんな親の姿を見て育つかといろいろ考えてみました。

 

子どもが大きくなってどんな仕事を選びどこで暮らしたいと考えるかはわかりませんし、どう考えるかは子どもの人生だからそれでいいと思うのですが、小さい時に経験させたいこと、子供の時にしか身につかないものがあると思います。

 

日本は「飽食の時代」といわれて久しく、スーパーへ行けば世界中から食材が運ばれ、安く売られ僕達の口へはいっていきますが、「食べる」ってことの意味を深く考えられる大人になってほしいと僕は思います。

 

そういう意味で、食べものが育てられる空間に触れさせてやりたいと思うのです。仕事してる親の周りをうろうろしてるだけでいいと思います。勤めに出ているとなかなか親の働く姿に触れる機会が少なくなり、だからどうと言うこともないかもしれませんが、何かそこにも大切なものがあるように僕は思います。

 

もう一つの歌声育児は、単に夫婦ともに歌が好きで好きなことの中で子育てもしようとのことですが、ローラの物語では、チャールズ父さんが晩御飯のあとにバイオリンを弾いて子供たちと歌を歌う場面がよくでてきますがそういうところからでた言葉であるのはもちろんのことです。(私はバイオリンなぞ弾けはしませんが)

 

そういうわけで(どういうわけだ?)もうすぐふうわも1歳。同じ頃に生まれた仲間達の中で一番ハイハイするのが遅く、まだ自分でつかまり立ちもできずとののんびりやでありますが、なぜか食べることには俄然情熱を燃やし、もりもりと離乳食を食べています。

 

ちょっと体が重くてなかなかハイハイできなかったようですが、「そうそう、その調子だぞ」と内心思っているところ。歯が上下2本ずつ生えてきた所なのに、りんごにむしゃむしゃとかぶりつき、4分の1ぐらいなら簡単に食べてしまうのにはびっくりしました。すりおろしじゃなくて皮を剥いて切っただけののりんごですよ。

 

こんなにりんごの好きな息子なんて、りんご屋の私にとってはこの上ない喜びです。

 

これからも子育ての仲間に入れてもらい、子供たちの中でいろんなことに揉まれながらもタクマシク育っていけるよう、親のできることは環境作りだと思いますから、父親としてできることから一つ一つやっていきたいと思います。借家でそんなにひろくない我が家ですが、どうぞ皆さん気軽に遊びに来てください。これからもどうぞよろしくお願いします。

 

坂本廣子の台所育児―一歳から包丁を

 3本柱の我が家でしたが、畑が今でも好きなのは末っ子くん。毎年、自分の畑をつくりスイカを植えたり、メロンを植えたり楽しんでいます。今の季節は畑が遊び場です。こうして畑のある暮らし、食のある暮らし、歌のある暮らしをずっと続けてきたんだなって思います。今は2017年7月。このお便りは、2002年5月10日に書いたものです。只今ブログ引っ越し中です。(テル)

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