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農とグローバリズム・ローカリズム・2

思想史研究家、関曠野(せきひろの)さんと、安曇野市穂高の有機農家、藤沢雄一郎さんとの共著「グローバリズムの終焉」を紹介しています。なんだか、ラジオ番組「武田鉄矢の3枚おろし」みたいになってきましたが、再読して改めてこの本の主張のなんと骨太で、大地に根を張ったもの言いであるかを、改めて噛み締めております。これぐらいのビジョンを語れる政治家さんがいないものでしょうか。

 序章 「農業」から「農」へ

将来の国民生活のモデルとしての「農的生活」

農業が工業と同列の「産業」とみなされるようになったのは、経済のアメリカナイズが至上の目標となった戦後のことだろう。こうして農業は経済統計上のデータになり、特定の業界の事柄になった。そして一つの産業として、費用や生産性など工業と同じ近代経済学の尺度で評価されるようになった。この農業は「産業」であり特定の業界とする見方は60年代の高度経済成長期以降、日本の社会にすっかり定着してしまった。そこからTPP推進派で単細胞な前原誠司外相(当時) の「GDPの1. 5%を占めるにすぎない第1次産業を守るために残りの98。5%が犠牲になってもいいのか」という暴言が出てくる。

 

もちろんこういう政治家に対しては、もし海外からの食料の輸入が困難になった場合には日本人は車や液晶テレビを食べるのかと反論することは容易である。だがTPP問題の真の争点は、農業はビジネスなのかどうかということではなかったか。昨今はTPPは日本の経済主権そのものの存否に関わる問題であることを世論も理解してきている。しかし当初は、推進派マスコミが問題を農業の保護に矮小化したこともあって、農業関係者のTPP絶対反対の声は零細業界の利権絡みの動きとみなされ、それに対する世論の反応は冷たかった。

 

農業関係者の中からも少数ではあるが、経営規模拡大や海外への農産物の販路拡大で農業の企業化ビジネス化を徹底すれば日本農業はTPPに耐えられるという主張が現われた。その一方で、実状をよく知らない都会の評論家の「関係者が高齢化する一方の日本農業はどのみち衰亡するしかない」という乱暴な議論もあった。TPPは、工業をモデルにし農民に資本主義的ビジネスの論理への順応を強いてきた戦後の農業近代化が行き着いたどんづまりであり、岐路なのである。

 

だからこそ農業関係者は、TPP問題をむしろ好機として、農業から農への社会の認識の変化に進んで合流すべきではなかったか。農業関係者のほうもその業界意識から脱却し、農をめぐる国民的な討論の一翼を担うべきではなかったか。そしてこれは都会人の安易なロマンに阿(おもね)るということではない。むしろかなり以前から農業自体が徐々に農に変容してきているのではあるまいか。産直運動、グリーン·ツーリズム、都会の人々の援農ツアーといった都会と農村を結びつける試みはもう珍しいものではなくなった。こうした試みが昨今の農村に生気をもたらしているのだから、今や農業はたんなる耕作のことではない。農村を再生させているのは、総合的な活動としての農なのである。そうならば、この農に関与している人々を相変わらず「農民」とか「農家」と呼ぶのは適切なことなのだろうか。

 

周知のように、高度経済成長期以後この国がくまなく工業化都市化する中で日本の農業を支えてきた主力は兼業農家である。サラリーマンや公務員をしながら副業として農業をやる、第2種兼業農家は農業の近代化、合理化、ビジネス化に対する障害とされ、近代化推進派に目の敵にされてきた。こうした半農半業の人たちは国土保全や食料自給率向上の面で評価されるどころか、国家財政に負担をかける寄生虫扱いされることが多かった。思うにこうした非難や偏見が生まれる原因は「第2種兼業農家」という役人用語にあった。この用語のせいで、片手間に農業をやるだけで農家として保護される規格外のいかがわしい農家というイメージが形成される。それならば「兼業農家」という言葉を使うのをやめてみたらどうだろうか。その代わりにたとえば「農的生活者」といった新しい言葉をつくったらいいではないか。農的生活者は規格外の周辺的農家でなく、日本人就労の新しいカテゴリーである。

 

農的生活者は、日本の社会がくまなく都市化する内で職業形態の近代化と国土と農業の保全とを両立させている存在である。これは、普段は農民で必要なときに兵士になった昔の屯田兵を逆にしたものである。そして国の課題は、農的生活者の存在を有意義なものと認め、この新たな就労のカテゴリーに見合った政策を立案することである。こうしたカテゴリーが確立すれば、それは都会の人々の地方への移住と帰農を大いに促進するだろう。彼らは帰農を大げさに考えなくてもよく、農的生活者になればいいだけなのである。 帰農を考えても農業技術の習得に要する時間や生計を立てられる見通しが容易でないことに不安を感じてしまうなどの問題でためらってしまう都会人の不安は、大きく軽減されよう。そして都会から新しい農的生活者が次々に移住してくるならば、彼らが都会で身につけた技能で地域経済も多様化し、一部の大都市への人口の集中という現代日本がかかえる最大の問題も地方への人口分散でしだいに解消に向かうだろう。私は、半農半業の市民は就労の変則的形態どころか、将来の国民生活の有力なモデルになりうると考えている。

 

アメリカ・トランプ大統領のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)脱退宣言後、日本ではニュースが小さくなったようですが、アメリカを除いた11か国で、「TPP11」協定が締結直前です。農水産物・工業製品などあらゆる産品、サービス、人材、医療、金融商品等々、暮らしに必要なほとんどの関税障壁が外され、外国からくるそれらとの価格競争となり、負け組が次々と世の中から駆逐されていくのが自由貿易の一面です。資本を十分に持っている大企業が他国にマーケットを広げ、「経済活性化」、「安いものを買えるのは消費者への恩恵」と説明されても、本当にそんな単純な説明で済みますか? 経済活性化と人間の幸福はそんな簡単にイコールでつなげられますか?

 

私たちが生業(なりわい)とする「農業」が、ビジネス一辺倒でその基盤を成立させようとする時、効率の悪い山間部や狭い土地での農業ビジネスは成り立たず、耕作放棄地が続出するでしょう。日本の1農家当たりの耕地面積は、オーストラリアの1900分の1、アメリカの100分の1、EU諸国の9分の1ですから、徹底した機械化も難しい(スケールメリットが出にくい)し、かたや東南アジア諸国と日本の人件費を比べてみると5倍~10倍以上の差があるのですから、ビジネスとして考えると、日本の農産物は価格面で他国とわたり合うのが難しい条件が揃います。

 

ビジネス面での難しい環境を緩和しているのが「関税」だったわけですが、このままでは日本の農業経営はほとんどが立ちゆかなくなる可能性が大きいのです。ではどうすればいいのか。農家の大規模化や企業の新規参入、農産物の輸出、青年就農者補助金などが政府の考えている政策で、それ自体は否定しませんが、関さんは全く違う切り口を提案しています。私はこちらの政策推進に大賛成で、「農的生活者」と呼ぶ半農半業(最近は半農半エックスとも)のスタイルをこれからの国民生活スタイルの一つとして位置付けてみよう、そうなっていくための政策立案が必要であると主張するのです。(ベーシックインカムもその一つとして位置付けられるでしょう。)

 

例えば、農業者でない人が農地を借りやすくするための仕組みや、地域で軋轢なく耕作ができるためのサポート、有機農産物の流通・直売のケア、必要ならば専業者との地域線引きなど、農的生活者を増やしていくための政策はこれからアイデアがたくさん出てきます。企業の利益追求原理をエネルギーにしないでも、ライフスタイル追及をエネルギーにしてはどうか。間違いなく、効率が悪いと切り捨てられた農地もその多くがカバーされていくはず。たいていの人は本来、農が大好きであるし、嫌いだと思っていた人も実は食わず嫌い、やらず嫌いがほとんどです。見ていてかっこいいと思う農的生活者が今はたくさん出てきましたね。 それは食糧の安全保障問題を自国内で解決するため、大企業の都合に振り回されないため、そして日本の国土・環境・独自文化を守るため、そして市民の幸福度・充実度を高めていくためであると考えます。これが都会人の安易なロマンや絵空事でないことは、17年前に安曇野で就農し仕事としてきた私の体験と、その過程で出会った人たちの生き様、有様が、それを証明できると信じています。

(2018年4月号ニュースレターより 松村暁生著)

ベーシックインカムとは?日本での財源、日本での実現は?

 

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おぐらやま農場 てるちゃん

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