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安曇野の地下水を巡って⑤ 2017年9月号ニュースレターより 無農薬のりんごづくりを目指して

マレーシアからきたチミンくんが田んぼで除草してくれています。

 

2013年、熊本市は国連「生命の水」最優秀賞を受賞しました。受賞理由は「さまざまな団体の協力体制の下、田の活用などで水供給を維持する姿が模範例となると評価された」とのこと。地下水を保全するための先進的な実例として皆さんにも紹介したいと思います。

 

生活用水のほとんどを地下水に依存している熊本地域での地下水位減少の原因は、田んぼという涵養装置が減ったことでした。熊本地域の地下水涵養量(地表の水が地下にしみこむ量)は1年間に6億4000万トン。うち3分の1を水田が担っています。とくに白川中流域の水田は、他の地域に比べて5~10倍の水を浸透させていました。熊本地域の水稲作づけ面積は、1990年の1万5000ヘクタールから、2011年には1万ヘクタールになりました。

 

 

そこで熊本では涵養事業がはじまりました。1990年代後半、東海大学の市川勉教授が、「熊本市の江津湖の湧水が10年で20%減った」と報告しました。ちょうどその時期に、ソニーの半導体工場が地下水涵養地域に進出することになりました。半導体生産は地下水を大量に使用するため、地元には不安が広がりました。「大量の水をくみあげられて周辺に影響が出るのではないか」。これがきっかけとなって、さまざまな方策が検討された結果、ソニーは2003年度から地元農家や環境NGO、農業団体と協力し、地下水涵養事業をはじめました。協力農家を探し、稲作を行っていない時期に川から田んぼに水を引いてもらい、地下水涵養し、その費用をソニーが負担するというしくみ。近年は「くまもと地下水財団」が協力金というかたちで、地下水を使用する中小企業などからお金を集め、田んぼでの涵養をすすめています。

夕焼けに光っているのが水の張られた田んぼです。稲を植えるまえの田んぼは、本当にきれいですね。

 

実施した農家に聞くと、「水を張っておくと雑草が生えてこなくていい。この時期の草取りはきついからから助かる」「連作障害がおきにくくなる」と好評のようです。収穫されたコメをブランド化して売る動きもあります。そういう商品を地域の消費者が積極的に購入することで、事業を支えることができます。地下水涵養域でつくったコメを買うのも、立派な涵養活動なのです。地元の人はコメを食べることで、農業を守ると同時に地下水も守れます。東京や大阪などで仕事をしている人でも、コメを食べることで郷里を応援することができます。こうしたさまざまな「しくみ」をつくったことが今回の受賞につながりました。

 

ルールづくりのときに水量だけに注目すると「上流域は地下水を育む」、「下流域は水をつかう」という関係になります。この立場に固執すると空中分解してしまうケースもあるのですが、地下水の問題には量と質の2面があります。量の問題だけに注目すると、上流域は「自分たちは地下水の生産者であって使用者ではない。なぜ地下水保全事業に金を払わなければならないのか。金は使用者である都市部が出せばいい」「むしろ金をもらってもいいのではないか」という声が上がります。しかし、質の問題に注目すると見え方が変わります。

 

地下水汚染を引き起こす汚染物質の代表は硝酸・亜硝酸態窒素ですが、これは農地に由来します。上流部には農家が多く、家畜の排泄物を流していたり、過剰に施肥していることもある。つまり地下水をつくり出すと同時に、汚染原因を生み出してしまう可能性もあるのです。

 

この問題を「上流域は地下水を汚染する」、「下流域は地下水を汚染された」と加害者と被害者のようにとらえるのではなく、流域全体の問題としてとらえ、下流域も硝酸態窒素削減対策に協力できるしくみがつくられました。具体的には、施肥料の少ない野菜、無農薬栽培の野菜に特別の表示をつけ、それを流域の消費者がささえるというものです。流域で水を保全する場合、水の汲み上げなど量の問題ばかりが注目されますが、同時に質の問題も重要です。双方の問題を流域全体で共有し、解決の道を模索する必要があるでしょう。 (水ジャーナリスト 橋本淳司さんの報告より)

安曇野はいたるところに水が流れていて癒やされます。

 

今回は、地下水の減少対策として、作られなくなった田んぼの活用に取り組む熊本市の例を紹介しました。水田が地下水の涵養に大きな役割を果たしている事を市民で共有して、お米の生産と消費に取り組んでいるとの事。そして、田んぼも含め農地で今まで当たり前のように使われていたチッソ肥料が地下水を汚染してしまう主原因であるという現実が浮かび上がってきています。

 

私達が暮らす安曇野はどうでしょうか。置かれている状況は熊本市ととても似通っています。地下水の利用量がどんどん増えて、その恩恵を日ごろから十二分に受けている自分たちの暮らし。たくさん使うから足りなくなるのです。「どうやって地下水を増やすか」、と同じだけ「どうやって使う量を減らすか」の議論も必要だと思います。そして、一度汚染してしまった地下水は浄化できるまでの年月が長く、飲料水に使えないということになると深刻な事態になってしまうのです。

 

地球環境を大切に守っていく暮らし方とはどんなものでしょうか。大規模畜産業はこれから相当本腰を入れて糞尿の利用について地下水を汚さないことに配慮した管理が求められるのではないでしょうか。(アキオ)

 

ここから水が湧き出てきます。

 

*地下水涵養型の安曇野ルールができるまで・・・自治体の地下水に関する取り組みのうち、「地下水涵養ルール」に重きを置いたのが、長野県安曇野市の指針です。取水の際の届け出といった「採取ルール」に加え、企業や市民の負担金による「転作田への水張り」などの地下水を増やす策を盛り込んでいます。安曇野市では数年前から湧き水の水位が下がり、名産のワサビが枯れて栽培できないという声が出はじめました。安曇野の湧水や地下水は、養魚・農業・ワサビ栽培、生活用水、工業用水などに利用されています。地下水の減少が指摘されるものの、地下水利用に関するルールはなく、保全や涵養に対する具体的な取り組みがされていませんでした。

 

2011年7月、関係者によって地下水保全対策研究委員会(会長:藤縄克之信州大教授・地下水学)が発足。当初は「呉越同舟」という雰囲気でした。水利用をめぐっていままで対立関係にあった人たちが顔を揃えたからです。「ペットボトル水メーカーが来たから水が減った」「ワサビ田を拡張し過ぎたことが水が減った原因だ」などと互いを責め合っていました。名産品のワサビを育てるには清浄な水が必要です。ワサビ農家が湧き水を調査すると、水量が年々減り続けていることがわかり、市に地下水保全策を要望しました。「ペットボトル水メーカーによる取水、市の水道水源のための取水によって地下水位が下がれば、湧き水が出なくなり、安曇野の産業や観光の柱の一つであるワサビ栽培ができなくなる」(ワサビ農家)という主張です。

 

一方、ペットボトル水メーカーは「北アルプスが育む地元の水資源を名水として全国に販売するなど魅力をPRしているし、地元の雇用など市と一体となって利益を生んでいる」と主張します。両者の板挟みに遭い市は頭をかかえていました。地下水保全対策研究委員会で藤縄会長はまず、1986年と2007年の地下水位調査をもとに、市の地下水が年間600万トン減少していることに注目しました。「将来にわたって安曇野の地下水を利用していくには、地下水を増やさなくてはならない。そのために利用者全員で協力しよう」と言う藤縄会長の言葉でメンバーは一つになりました。

このように透き通った水をいつまでも次代の子どもたちに残していきたいですね!

 

日本最長の河川・信濃川の最上流に位置する松本盆地には、深さ数百メートルにおよぶ砂礫層が堆積しており、帯水層中には琵琶湖の総貯水量の3分の2におよぶ地下水が貯えられています。松本盆地の中央に位置する安曇野市は地下水を資源として活用し、ペットボトル水約850億円、ワサビ園などの観光約76億円、ワサビ栽培約36億円、水道約20億円など、地域経済を発展させてきました。地下水利用者同士で、「誰が多く使ったから減った」ともめる方向から、「みんなの地下水をみんなで保全しよう」という方向へのシフトです。

 

2012年8月、委員会は最終報告書をとりまとめ市長に提出しました。報告は、地下水涵養の具体的方法、地下水を利用する際の料金負担方法の二つの柱からなります。涵養事業の資金となるのが利用者から徴収する協力金。「地下水の単価」×「地下水利用量(取水量-涵養量)」×「負担能力に関する係数(資本金の多寡と外国資本の割合)」×「地下水影響度に関する係数(深いところから汲み上げたほうが影響が大きい)」によって算出されます。この公式では、涵養量が増えるほど料金負担は低くなります。利用者が積極的に地下水涵養を行なえば、「地下水利用量」が減るため負担金はゼロに近づき、同時に地下水量の減少に歯止めがかかります。地下水涵養の方法、料金負担方法ともに、ここまで具体的なものは全国的にも珍しく、今後この「安曇野ルール」を参考にする自治体は増えることでしょう。

(水ジャーナリスト 橋本淳司さんの報告より)

 

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